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胃痛の中の指揮 敗れてなお強し駒苫野球

- 試合後、握手を交わす早実の和泉監督(右)と駒大苫小牧の香田監督
駒苫伝説は終わらない。第88回全国高校野球選手権(甲子園)で3連覇に挑んだ南北海道代表・駒大苫小牧の挑戦が21日、幕を閉じた。歓喜の連覇から1年あまり。3戦連続の逆転劇、延長15回引き分け再試合の死闘…。決勝まで駒を進めたこの夏の戦いも、北海道民に夢と希望を与えてくれた。緊急連載「敗れてなお強し 駒苫野球」で偉大な足跡をたどる。
初優勝した早実の和泉監督がお立ち台で声を大にした。「駒大さんに強くさせてもらった。こんなチームを毎年つくりたい」。73年ぶりの3連覇に挑み、さわやかに散った駒大苫小牧がこの夏もまた、夢舞台で強烈なインパクトを残した。
常勝チームを率いるプレッシャーは並大抵ではなかった。香田誉士史監督(35)はこの日、帰道後の検査入院を公表した。5月1日の監督復帰後、胃薬を手放せなかった。大会期間中、おう吐や胃痛に悩まされた。「体調がずっと良くありませんでした」。体調不良で全日本選抜チームのコーチ就任を辞退した。心血を注いできた代償だった。
香田監督の「進取の気質」が全国屈指の強豪チームを生んだ。北海道勢の常識を覆す冬期間の雪上練習、練習合間の食事摂取、複数投手&複数リーダー&複数ポジション制、投手陣のハンマートレ、軽量スパイクの導入…。今大会前は気功の専門家を招き、講習を受けた。「固定概念は持たないようにしてます」。昨秋室蘭地区予選から今大会まで公式戦9大会(出場辞退の今春センバツ含む)で延べ30人をベンチに入れ、活性化を図った。選手に常に危機感を植え付けた。
躍進の原動力は少年時代と変わらぬ「夢」だった。小学生のころ、テレビに映し出される壮大な甲子園と池田(徳島)やPL学園(大阪)の強さに魅了された。「お兄ちゃんたちすっげぇー、と。今でも気持ちは変わりません。純粋にあのころのままです」。95年春に縁もゆかりもない北海道で指導者になり「ウチの選手たちもあんなお兄ちゃんになってもらいたい。中途半端は嫌。絶対に全国制覇をするんだ」と心に誓った。
激動の3年間だった。04年の初優勝、05年の連覇、そして06年の激闘…。元部長の暴力事件や卒業生の不祥事およびセンバツ出場辞退の苦難を乗り越え、駒苫伝説の第1章が幕を閉じた。この秋、第2章が幕を開ける。
[2006年8月22日9時42分 紙面から]
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