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管理人から


ダル@コラム

ダル初勝利の陰に恩師の思い

 恩人の死に報いた。若手選手にとって父親的存在でもあった2軍「勇翔寮」の寮長・菅野光夫氏が3月22日、54歳の若さで亡くなった。その日にダルビッシュは自分自身に1つの約束をした。「電話番号がまだ(携帯電話に)入っている。(開幕日の)明後日までに1回かけてみようかな」。

 もう使われていないだろう電話番号。思い切って電話をかけた。思いがけずつながった。菅野氏の家族だった。「つながったのにはびっくりしました」。少しの間だったが話し、故人をしのんだ。人一倍かわいがっていたダルビッシュからの電話を菅野氏の家族も喜んだ。

 恩人の死を通して、ひとつ「大人」にもなった。菅野氏の通夜が行われた25日、先に参列していた父ファルサさんと偶然、新幹線が一緒になった。チケットを変更し、隣に座った。そして車内で真剣な顔で、こう切り出した。「お父さんにも(体の)検査に行ってほしい」。大阪に着くとホテルに荷物を置き、シーズン中には珍しく実家に帰った。母郁代さんにも同じ言葉をかけた。プロに入ってから多くを学ばせてもらった菅野氏にささげる1勝をやっとつかんだ。

(07年4月8日付、日刊スポーツ北海道版「とっておきメモ」北尾洋徳)



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