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管理人から


ダル@コラム

より高く、より大きくなるために

 「自分には2年目のジンクスはありませんから」。

 飛躍の年にも日本ハムのダルビッシュは冷静だ。ルーキーイヤーの昨年6月の広島戦で初登板初勝利と衝撃のデビューを飾り、5勝を挙げシーズンを終えた。未来のエースに周囲の期待も高まるが、本人は淡々としている。冒頭の言葉にも、そんな気持ちが表れている。「自分の力を過信しないで、1つ1つやっていけば大丈夫ということなんです。だって、150キロを連発するわけでも、すさまじい変化球を自分は持っているわけでもないっすから。コンビネーションで抑えるしかない」。自分の“位置”を分析するダルビッシュがいる。

 19歳ながら人生に「山あり谷あり」という言葉が妙に似合う。トラブル、アクシデントがつきまとう。入団早々に右ひざの故障、不祥事での謹慎処分。復帰してチームのローテーションの一角として活躍するも秋季キャンプで右ひざ痛再発。そして今年2月には右肩を痛めるアクシデントがあった。「いつも自分ってこんな感じなんですよ」と漏らしたことがある。スター選手として嫌でも注目を集めてしまう宿命、順調と思えばけがを負う自分に悔しさを覚えることもある。

 2月24日のWBC日本代表との壮行試合だった。12球団選抜として先発マウンドに立った。沖縄キャンプで右肩に違和感は感じていた。フォームを改造して、急場をしのいでいた。その矢先だった。WBCの使用球の表面が滑った。楽しみにしていたマリナーズのイチローとの初球、142キロの直球を投じた瞬間に衝撃が走った。バシッという嫌な音が、聞こえた。肩が外れた感覚だった。「開幕は難しいかもしれない」と覚悟した。

 普通の高卒2年目ならば冷静ではいられないところだ。しかし、焦りはなかった。「急いで無理をしても仕方がないですから。状況と相談しながらやっていきます」と治療に腰を据えた。肩を筋力トレーニングで鍛えた。実際は天性の投手タイプ。投げたがりだ。そんな気持ちも抑えた。ブルペンでの投球も制限した。3月16日、巨人とのオープン戦で3回を無失点に抑え復活。耐えることによって開幕に間に合わせた。

 日本を代表する投手に成長するためにも、今季の活躍が大きく左右する。日本ハムブラウン投手コーチは「19歳での完成度、潜在能力は世界でもそういない。メジャーでも代表的な投手になれる」とその能力を高く評価している。8種類の変化球を持ち、そのバリエーションは申し分ない。今季、意識するのは「球質」だ。ボールの回転、腕の振りなどチェックを続ける。スピードガンの球速にはこだわらない。自分の感覚を優先させる。

 甲子園での活躍、そのルックスからも注目を浴び続けている。プロ入り後も報道は過熱したが、変わることはない。19歳の素顔は人見知りだが、人懐っこい。派手なことが嫌いで、マイペースだ。母郁代さんが「野球をやっていなけれオタク」と評したが、私生活も地味だ。外食を好まず、自分の部屋で寝るのが好き。あとは疲れを取るために半身浴をするのが日課だ。趣味もほとんどない。昨年も毎月、小遣いは郁代さんから振り込みされていたが、ほとんどがタクシー代に消えた。2月のキャンプ中には「このまま、誰にも注目されずにただ、静かに野球をしていたい」と話すこともあった。

 イラン人の父、日本人の母から天性の才能をもらった。成長も続く。昨年の1月に195センチだった身長も196センチに。「何か、0・5センチくらい伸びて196センチあるみたいです。もう、いらないですけど」と苦笑いする。中学時代に190センチを越えた。成長痛に悩んだこともあった。恩師でボーイズリーグのオール羽曳野の山田朝生監督にこう話したことがある。「神様、もうこれ以上、身長を伸ばさないでください」。それほどつらかった“成長”も糧にした。

 今の時点で完成しているとは思っていない。ベテランのような打者との駆け引き、変化球主体の投球に疑問の声も上がった。「小さくまとまらないで直球主体で攻めた方が良い」という周囲の意見もあえて無視した。「今の自分の直球で勝てるほど、プロ野球は甘くはない」。格好良く三振を取ることにまったく魅力を感じていない。

 不格好でも批判があっても…。ただ勝利のためだけに自分を貫く。それがダルビッシュの凄みだ。

(日刊スポーツ出版社「プロ野球ai」06年5月号、上野耕太郎)



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