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管理人から


過去の歩み

2004年

熊本工戦でノーヒットノーラン

 昨夏準優勝・東北(宮城)の怪腕ダルビッシュ有投手(3年)が、大会史上12人目となるノーヒットノーラン(無安打無得点試合)を達成した。今大会最速の147キロ直球とシンカー、カーブ、スライダーを自在に操り6者連続を含む12奪三振をマーク。5回以降はスピードに対するこだわりを捨て、緩急をつけて打たせて取る投球で、打者30人に対し2四球と失策の3走者を出しただけだった。金沢・中野真博(東芝)以来10年ぶり快挙を達成し、次は大会8日目(30日)に強打の大阪桐蔭(大阪)と対戦する。

 3万6000人を超える観衆の視線が、1点に集中していた。9回裏2死。ダルビッシュが投じた129球目は、外角低め121キロのスライダー。熊本工・橋本の止めたバットに当たった打球が、槙亮輔二塁手(3年)のグラブに収まる。ダルビッシュは、笑みを浮かべて森和樹捕手(3年)とハイタッチした。

 「たまたまできただけで実感はないです。最初は『今日はあかん』と思ってたけど、だんだん良くなってきた。甲子園のマウンドで、去年の夏を思い出した。体が勝手に、そんな雰囲気になっていました」。

 ひと冬越した成長が表れた投球だった。初回140キロ止まりも、2回2死一塁で相手8番への2球目に147キロを記録。3、4回は6者連続三振で、4回までに計8個を奪った。自己最速149キロを持つ剛腕に、奪三振ショーを期待する視線が集まったが、終わってみれば、奪三振数に匹敵する10個の内野ゴロを積み上げた。若生正広監督(53)は「150キロを出そうとか、変化球をたくさん見せようとすると力む。それがなければ大丈夫と思っていた」と話した。8種類ある変化球のうち、この日はカーブ、スライダー、シンカーの3種類のみ。これまでは落差の大きいナックルを試したり、突然サイドから投げることもあった。打者の驚く様子を楽しんでいるかのようだった。試合後「内野がよく守ってくれたおかげ」と強調した。

 表情を変えず、終始冷静だった。昨年11月の明治神宮大会。済美(愛媛)に自身初のコールド負けを喫した後「真ん中でもボールといわれてきつかった」などと発言し注意を受けた。この大会後、練習では別メニュー、私生活もマイペースのダルビッシュに、部員の不満が爆発した。6時間もの話し合いを行った。主将としての自覚、他人を思いやる気持ちが芽生えた。

 2月には仲間外れにあっていた1年生と1対1で話し、退部を引き留めた。年末は長期休暇中も、最後まで寮に残り帰省を遅らせた。帽子のツバには「チームのために」と書いた。捕手の森と寮の同部屋で意思の疎通を図った。この日途中からサインに首を振らなかった。槙は二塁からダルビッシュを盛り上げ続けた。その槙が挙げた得点を返されるわけにはいかなかった。最後の捕球も槙だった。若生監督は試合後「人間的にみんなをやさしく包む主将になってきた。いい投手というより、いいキャプテンに成長した」と評した。

 ダルビッシュは「みんなで心を1つにして、この勢いをしっかり保ちたい」と話した。チームスローガン「ONE FOR ALL(1人は全員のために)」が、快挙を支えていた。

(04年3月26日付、日刊スポーツ紙面から)



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