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管理人から


過去の歩み

2004年

日本ハムと仮契約、新潟に義援金

 被災者に夢を-。日本ハムに1巡目で指名されたダルビッシュ有投手(18=東北)が17日、千葉・鎌ケ谷市にある球団寮で仮契約を行った。契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円(金額はいずれも推定)。背番号も正式に「11」に決まった。この日の会見でダルビッシュは、契約金の中から新潟県中越地震で被害に遭った人に義援金を送ることを明言。人気だけではなく、プロ選手としての在り方を18歳の少年は示した。

 仮契約後、約100人が詰め掛けた会見でも、ダルビッシュは淡々と質問に答えた。ただ、契約金の使い道を聞かれると照れくさそうに言った。「う~ん、募金に。新潟への。金額はまだ決めてませんが」。クールな18歳の内面には秘めた決意があった。東北高の同級生2人と下級生1人が新潟出身で自宅が被害に遭った。「いろいろ、つらい話を聞いていたので、少しでも役に立てればと思った」と静かに話した。

 仮契約の前日、家族で話し合った。父ファルサさん(44)は「プロ野球の選手は社会的な貢献をしなければいけない」と息子に伝えた。日本だけではなく、世界には恵まれない人たちがいるということも同時に伝えた。ダルビッシュは静かにうなずき「自分もそう思っていた」と答えた。

 清原や新庄といったプロ選手たちが新潟へ義援金を送った姿にも影響を受けた。一流のプロ選手の姿勢を見習おうと思った。この日、同行したファルサさんは言う。「自然に本人が考えていてくれたのがうれしかった」。

 この日の仮契約まで時間がかかった。日本への入国手続きが遅れている日本ハム4巡目マイケル中村(28=ブルージェイズ)を除き、今年のドラフト指名選手で事実上、最後の仮契約選手となった。会見前には山田編成部ディレクターが仮契約が遅れた経緯を説明。交渉難航ではなく、スケジュールの都合ということを強調した。ダルビッシュ本人も開口一番「やっぱり1番遅かったので、ホッとしました」と笑みをみせた。

 ただし、プロへの意気込みについては慎重だった。「先輩たちに迷惑をかけないようにチームに貢献したい」「1年目はけがをしない体をつくることが目標」。翌日のメディカルチェックのためにこの日は寮に宿泊。施設見学でもルーキーらしく先輩やスタッフに頭を下げて歩いた。ライバルでドラフト8巡目の鵜久森淳志外野手(17=済美)との再会も喜んだ。

 メジャーも封印した。日本ハムとの契約事項に「メジャー手形」などは一切ないと球団側は否定。ファルサさんも「まず、頑張らないと日本のプロ選手としても続きませんから」と話す。ダルビッシュは「なるべく早く北海道(1軍)に行けるように頑張る」と言い切った。寮の前でファンに囲まれ、サインボールをねだられた。サインボールには背番号の「11」を書き込んだ。

(04年12月18日付、日刊スポーツ紙面北海道版から)



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