序章(3)
「明るさ」は選択理由として重要
人生で最初の選択は峰塚中3年の時にやって来た。すでに野球界では、その名は全国区に広がっていた。中学で140キロを超える速球を持つ投手などそうはいない。地元を含め30校以上の高校から声が掛かった。
ダルビッシュは「実はあまり、進路について興味がなかったんですよ」と当時を振り返る。母郁代さんもこう証言した。「無関心でしたね。ただ私が『東北高からも来ているよ』って言ったときに反応が違いました。『あっ、高井さんの所だ』って言っていたのを覚えています」。「高井さん」とは現在、ヤクルトで活躍する高井雄平投手(20)のこと。2年生左腕として注目を浴びていた投手のことを雑誌で知っていた。
練習を見学に行った。チームが明るかった。小学校のころ、厳しすぎるほどの練習をするチームに入り野球を辞めたことがある。「明るさ」は選択理由として重要だった。ダルビッシュは「見学したとき雰囲気が良かったんですよ」と決断の理由を説明した。
今年のドラフトで日本ハムから指名された後の会見で「(北海道行きも)住めるところであればどこでもいいです」と話し、チームの印象については「明るいチーム」と言った。素っ気なく聞こえるがダルビッシュを表す言葉だ。言い換えれば「野球ができれば場所にはこだわらない」ということ。そして「チームカラーにはこだわる」ということにもつながる。今回の日本ハムへの入団は15歳の時と変わらない選択だった。
中学を卒業した3月、大阪から仙台に向かった。出発は夜だった。父ファルサさんが10時間かけて車で送り届けた。車の中で助手席に座った郁代さんは何度も振り返り、息子の寝顔を見守った。巣立ちの時を迎えたのと同時に新しい人生がスタートした。野球部寮での生活、同部屋の相手は「高井さん」だった。
(04年12月20日付、日刊スポーツ紙面北海道版から)