序章(6)
ファンとの握手でケガ
エースナンバーを初めて背負った1年の秋、舞台は整った。東北大会の決勝戦、勝てば翌年のセンバツ出場が確実になる。相手は盛岡大付高(岩手)だった。甲子園-。球児ならだれもがあこがれ、簡単にはたどり着けない場所。そんな聖地への出場をかけた試合でもダルビッシュにとっては通過点の1つに過ぎなかった。
盛岡大付高打線を相手に淡々と投げ込んでいく。初回を5球で片付けると、4回2死まで無安打投球。完ぺきな投球で9回4安打無失点と高校初の完封をやってのけた。しかも、最終回にこの日の最速141キロをマークするなど、余力があった。「完封は狙った。打者を抑えるコツはもともと分かっていたけど、確定的になった」。試合後には堂々としたコメントを残す。完封劇に要した球数は80、試合時間は1時間19分だった。
11月には甲子園に先駆けて全国デビューも果たした。スカウト陣がバックネット裏で見守った神宮大会では147キロをマーク。強烈なインパクトを与えた。年が明けて2月には東北高のセンバツ出場が正式に決定。ひざの成長痛などがあったが、ダルビッシュの高校生活は順調に進んだ。いや、進み過ぎた。
3月22日、センバツ甲子園の開会式後に女性ファンを中心とした100人のファンに囲まれた。甘いマスクと知名度の高さゆえに悲劇が起こった。握手を求められ手を差し伸べた。ファンの女性は握ったまま離そうとはしなかった。そのまま不用意な態勢から引っ張られ右脇腹を痛めた。診断結果は右棘下筋(きょっかきん)痛で全治2週間。薬を飲んだが痛みが引かない。初戦の浜名高戦(静岡)まで4日しかなかった。試合を前にして思わぬ落とし穴があった。焦りが募った。
(04年12月23日付、日刊スポーツ紙面北海道版から)