ぽっちゃりした2年生は三塁へ走り出した
<連載『怪物』北へ(1)>
広島の市街地を南北に1級河川の太田川が流れている。広島鯉城シニアの練習場はその河川敷にある。今から10年前の97年11月。1人の小学2年生が知人の勧めでやってきた。「ぽっちゃりしていて、ほかの子と何も変わらなかった。まさか、あんな選手になるなんて誰も思わなかった」。小学4年生以下が所属するマイナーチームの佐古和美監督(59)は当時を思い出して笑った。このぽっちゃり体形の少年が中田翔だった。
のちの怪物は劇画のような鮮烈デビューを飾った…、わけではない。ただ忘れられないエピソードは残した。野球という競技をほとんど知らずに、バットを持った。右打席に入る。打った。三塁ベースに向かって走りだした。
中田「恥かきました~。あのときのことはよく覚えてます。みんなから『こっちや、こっちや』と一塁に走るように言われて…。笑われるし、とにかく恥ずかしかった。最初のころはあんまり楽しくなかったですね」
この話には続きがある。ベンチに戻っていた中田に、佐古監督が質問した。「どうして、三塁に走った?」。少年はしっかりした言葉で答えた。「だってあっちの方が近いから。(一塁から)周っていくよりも近い」。この受け答えが佐古監督の胸に印象深く残っている。「長年、多くの子どもを見てきたけど、ああいう場面では普通モジモジしたりする。でも中田は違った。自分の考えを持って、それをはっきりと口に出した」。
しっかりした受け答えで特徴を示したが、まだ実力の片りんは見せていなかった。太田川の河川敷に現れた小学2年生はまだ怪物ではなかったのだ。生まれたときの体重も3100グラムと特別大きくない。「いたずら好きの悪がきでしたね。友達の靴を隠したり…」と中田は幼少期を振り返る。4歳の時に髄膜炎で1カ月入院したが、それ以外は健康そのもの。どこにでもいる元気な児童だった。ここから中田がどんな変ぼうを遂げていくのか。怪物は1日にしてならず、である。
[2007年10月4日 紙面から]
