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中田翔特集



寺の瓦割った中1で特大140メートル弾

<連載『怪物』北へ(3)>

 中田は買ったばかりのグラブを黒土にこすりつけた。せっかくの新品が汚れてしまったが、それを見てニヤリと笑った。「バックスクリーンが大きかった。ここが甲子園かと思うと、うれしかった」。中学1年の冬、東部中国の選抜チームに入り、阪神が主催する少年野球フェスティバルに出場。初めて甲子園の土を踏んだ。怪物と聖地の出会いの瞬間だ。2年生になった翌年の11月にも2度目の出場を果たし、ここで関西の野球関係者を驚かせることになる。

 試合後のエキシビションマッチで阪神の選手と対戦。中田がマウンドに上がった。1人目の相手は現楽天コーチの野村克則だった。初球は自慢の直球。これに思わず野村は空振りした。「これはいけるぞ」。2球目は捕手のサインに首を振って、カーブを投げた。「分かっとんじゃ!」。野村は冗談まじりに叫び、レフト前に痛打した。打たれたが、プロの打者をその気にさせた。2人目は左飛、3人目は右飛に打ちとった。スピードガンが表示した最速は143キロ。まだ中学2年生というから、周囲が驚くのも無理はない。「スイングも違うし、フライの上がり方も違う」。本人はプロのレベルに感心していた。

 このころには、中田の評判は広島、関西だけでなく、全国に広まっていた。体づくりが実を結び、小学5年からの2年間で30本近い本塁打を記録。チーム事情で捕手を務めたが、強肩ぶりを発揮。一塁走者が盗塁のスタートを切る。中田はボールをこぼした後、ひと呼吸置いて送球しても楽にアウトが取れたという。中学1年時には特大の場外弾を放ち、寺の瓦を割った。推定飛距離は140メートル。国吉事務局長は「バチ当たりが…」と苦笑した。このほかにも規格外のエピソードが次々と生まれた。中田の投げる球が速すぎて、球審が固まり、ジャッジできなかった。ライトゴロは当たり前…。

 体格に恵まれたこともあったが、「広島鯉城」のチーム関係者は口をそろえて言う。「相当、努力していたから」。小学6年ごろから、中田は毎夜、自主練習を続けた。ティー打撃は1日400本、30メートルダッシュを30本こなす。雨の日は駐車場に場所を移した。付き添った小柳広士シニア監督は「6時半に公園で待っているから、飲みにもいけない。でも、こっちがその気にさせられる選手だった」と振り返った。

[2007年10月6日 紙面から]



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