怪物くんプロフィル
1989年(平成元)4月22日生まれ、広島市出身。
小3で捕手として野球を始め、同6年から投手転向。国泰寺中では「広島鯉城シニア」に所属。投手として最速141キロをマークし、中3で日本代表に選ばれた。エースで4番。日本代表の世界大会準優勝の原動力となる。
05年大阪桐蔭に入学すると、すぐに頭角を現し、1年夏には背番号17でベンチ入り。打では中日に入団した平田の後を打つ5番打者、投手としても巨人に入団した辻内を好リリーフするなど投打で甲子園4強に貢献した。1回戦の春日部共栄戦では7-7の7回裏に勝ち越しソロを放ち、5打数4安打3打点。自らのV弾で勝利投手になった。
06年夏、大阪府大会で4試合連続本塁打を放つ。同年夏の甲子園では横浜との1回戦で、ライナーでバックスクリーン左に放り込んだ。
06年11月の秋季近畿大会準決勝、市川戦では左翼場外へ推定170メートル弾を放ち、特大アーチの認定証を贈呈される。到達点距離では188・41メートル。会場となった紀三井寺球場を管理する中公之所長が認定証を製作し、和歌山県高野連の竹中理事長とともに手渡した。「光栄に思う。今まで以上に頑張りたい」。
07年7月、高校生スラッガーの頂点に立った。5日に大阪・大東市の龍間運動広場で生野工と練習試合を行い、7回の打席で左中間にライナーでソロアーチを放った。これが高校通算87本塁打となり、最多記録とされる西武大島(埼玉栄)の86本を抜いた。
07年、高校生最後の夏に甲子園に帰れなかった。大阪大会決勝の金光大阪戦に「4番、投手」で先発出場。初回にいきなり3点を先制された。打でもライバル左腕の植松優友(3年)の前に5打数無安打。高校通算87本塁打の実力を発揮できず、あと1歩で夏3連覇を逃した。
中田家の家訓は「最後まであきらめずに頑張れ」。幼少から母香織さんから言われてきた。広島県人らしく、好きな食べ物は広島風のお好み焼き。トマトが苦手。「かんだときに出てくるのが嫌い」。
