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日本ハム森本カッパ弾&本盗で魅了/球宴

- 試合前、カツラを着けて登場する日本ハム森本(撮影・為田聡史)
<オールスター:全セ7-4全パ>◇第2戦◇23日◇サンマリンスタジアム宮崎
新庄先輩、あとは任せてください。初出場の日本ハム森本稀哲外野手(25)がプレーで、パフォーマンスで観客を魅了した。3回に1度は逆転する2ラン、5回にはロッテ西岡と重盗を決め、球宴では04年新庄以来の本盗に成功した。試合前にはドーナツ形のカツラをかぶって登場。2戦連続の「頭部パフォーマンス」でファンの視線を浴びた。
もうじきサヨナラしなければいけない先輩から世代交代のバトンを力ずくで、もぎ取った。森本が笑いあり、驚きありの仰天ショーだ。三塁走者だった5回1死一、三塁。一塁走者のロッテ西岡がスタートを切ると、全セの捕手・巨人阿部の「送球が高かった」と、本塁へ向けて走りだす。足から滑り込みホームスチール成功。球宴史上3人目の本盗を、初出場のお祭りでやってのけた。
師匠と慕う新庄と一緒に出場した、最初で最後の球宴。少しだけ並んだ。本盗は04年第2戦で球宴史上1度だけの単独本盗を決めた新庄以来の快記録だ。「ツーさん(新庄の愛称)が緊張をほぐしてくれた」。3回には全力疾走のダイヤモンド1周で沸かせる左越え2ランも放った。94年に初出場した新庄でさえ、なし得なかった離れ業。全パが敗れて優秀選手賞にとどまった。だがともに戦い、紛れもないもう1人の「MVP」になった。
新庄が日本ハム入団時、後継者に指名したのが森本だった。同じ中堅手で身体能力が高いという同タイプのプレースタイル。明るいキャラクターにもほれ込み「ゴレンジャー」など、かぶりものパフォーマンスに参加させてきた。第1戦は頭部を緑色にペイントし触角を2本装着。人気マンガ「ドラゴンボール」の「ピッコロ大魔王」に変身。この日はドーナツ形のカツラを用意。しかも差し歯をわざわざ抜く体を張った演出で爆笑を誘った。今球宴も「協賛は新庄さん」と背中を押してもらい、スターへ道が開けた。
実はこのオーダーメードのカツラに深いもう1つの意味がある。もともとは市販されているSMAP木村拓哉モデル。それを知り合いの美容師に依頼し、頭頂部をカットしてもらった。「自分の頭でやりたかった」。小学校1年の時に原因不明の円形脱毛症になりプロ入り時に、常にそり上げる決意をした。トレードマークにして同じような悩みを持つ人に勇気を与えたいと、野球での活躍を誓ってプロでのスタートを切った。「プレーでダメなら(パフォーマンスも)ばかげてしまう」。批判を浴びても屈しない新庄から学んだ強い意志も受け継いだことを、森本は目の前で証明した。【高山通史】
○森本稀哲(もりもと・ひちょり)
◆生まれ・サイズ 1981年(昭和56)1月31日、東京都生まれ。184センチ、81キロ、血液型B。右投げ右打ち。
◆野球歴 小学校から野球を始め、帝京高3年時の98年、夏の甲子園に「3番遊撃手」、主将で出場。3回戦で浜田(島根)に2-3で敗れたが和田(ソフトバンク)から同点2ラン。
◆松坂世代 98年ドラフト4位で日本ハム入団。同期は西武松坂、ソフトバンクの新垣、杉内ら。
◆明るいキャラ 子供のころには隣のクラスの先生からも「うるさい」と注意を受けた。7月2日楽天戦でのお立ち台ではカラオケで尾崎豊の「きっと忘れない」を熱唱。
◆レギュラー定着 今季「1番左翼」でレギュラーを獲得し、87試合で打率2割8分7厘、7本塁打。通算成績は467試合に出場、1520打数254安打、21本塁打、89打点。
[2006年7月24日9時14分 紙面から]
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