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日本ハムが自由契約の坪井と異例の再契約

- 再契約交渉を終え、神妙な面持ちで会見する坪井
日本ハムが今オフに自由契約にした坪井智哉外野手(32)と27日、再契約を交わす。26日に札幌市内のホテルで再契約交渉を行い、条件面で合意した。年俸は今季の9000万円から大幅ダウンとなる2000万円(金額はともに推定)とみられるが、成績に応じた出来高が付く。同一監督下でいったん戦力外となりながら直後の再雇用は極めて珍しい。異例の復帰が実現し、来季も「日本ハム坪井」としてプレーする。
引退危機にあった日本一戦士に現役復帰の道筋を整えた。日本ハムが坪井を再雇用する。この日、昼の再契約交渉で約30分話し合い、条件面で合意。交渉後の会見で、坪井は笑顔こそ見せなかったが「もともと日本でやりたかった。前向きに考えたい。できれば日本ハムでお世話になりたい」と話した。夜に島田チーム統轄本部長のもとに坪井から連絡が入り、27日の正式契約が決まった。
復活のチャンスを与えることになった。日本シリーズ終了2日後の10月28日に戦力外を通告した。今季は右鎖骨骨折の影響などもあり、わずか25試合の出場。来季の契約には推定9000万円の高額年俸がネックだった。島田チーム統轄本部長は「以前の金額ではコストに対するパフォーマンスが伴わない」と説明。その後、合同トライアウトを2度受験したが移籍先が見つからず、マイナー契約での米球界移籍を探っていた状況だったため、再契約を打診することになった。
来季年俸は2000万円程度とみられるが、大幅な年俸ダウン分を一定額補える形での出来高も付けられたようだ。高田GMは「球団としてはレギュラーをとり成績を出してくれれば、払うものは惜しくない」と寛大な姿勢を見せた。球団は今季付けていた背番号7も用意した。坪井は「戦力外といっておいて、なぜ再契約しようと思ったのか」と心境も明かしたが、現時点では正式オファーは日本ハムしかない状態。球団の評価を聞き「わだかまりはあったが、胸のつかえはとれた」と話した。
異例の復帰となる。04年12月にオリックスを解雇された吉井が翌年すぐに再契約、昨年は楽天小倉が同じ形となった。ただ2人は監督が代わってのもの。過去に戦力外通告を受け、監督が代わらない同じ体制下で再契約したのは90年の近鉄後関昌彦(現楽天スカウト)までさかのぼる。坪井も同じヒルマン政権下で真価を問われることになる。
球団は戦力として評価しているものの、レギュラーは確約していない。若返りを図るチームの中で来季10年目で出場機会を得るためには猛烈なアピールの必要がある。坪井本人も理解し「同じ土俵に立たせてもらえないと、勝負することもできない。場を与えてもらえる」と背水で臨む決意をのぞかせた。阪神から移籍して4年目で脱ぐはずだった日本ハムのユニホーム。厳しい環境での再出発だが、5年目もそでを通すことが決まった。【北尾洋徳】
◆再契約メモ 自由契約になった選手が再びその球団と契約した例は、最近では楽天小倉投手がある。昨年9月に戦力外通告を受けたが、野村監督から評価され再入団し今季は登板58試合で6勝7敗4セーブ。オリックス吉井投手は、04年12月に自由契約となったが、仰木新監督に声をかけられテスト生として05年2月のキャンプに参加し合格。年俸500万円で再契約した。90年には後関内野手が近鉄と再契約。90年11月に他球団へ移籍するためのセレクション会議にかけれたが、進展なく12月に自由契約。その後も他球団から声がかからなかった後関に対し、近鉄が10%減の年俸900万円で再契約している。ほかには、益田外野手が故障完治まで契約しないとして00年12月に中日を自由契約となり、01年1月に再契約したケースがある。
[2006年12月27日9時7分 紙面から]
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