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ダルでシーズンに幕…孤軍奮闘も報われず

試合後、ダルビッシュは歓喜する中日ナインを見つめる(撮影・黒川智章)
試合後、ダルビッシュは歓喜する中日ナインを見つめる(撮影・黒川智章)

<日本シリーズ:中日1-0日本ハム>◇第5戦◇1日◇ナゴヤドーム

 2年連続の日本一はならなかった。日本ハムはエースでも勝てなかった。中4日で先発したダルビッシュ有投手(21)が7回を5安打1失点。シリーズ初の2試合連続2ケタとなる11三振を奪う力投を見せたが、中日山井、岩瀬の完全リレーの前に0-1で敗れた。ダルビッシュが投手陣の柱として2試合16回を2失点と孤軍奮闘も、打線がシリーズ最低打率の1割4分7厘、ワーストタイの5試合7得点とあまりに貧打だった。日本ハムは本拠地、札幌ドームに帰ることなく、07年シーズンに幕を下ろした。

 ベンチ内で立ち尽くし、一点を見つめていた。ダルビッシュが無表情のまま、中日落合監督が宙を舞う姿を目に焼き付けた。7回5安打1失点。立派な数字だが、敗戦もまた現実だった。「全力は尽くしたけど負けたのは自分の責任」。終戦を潔く振り返った。

 悔やまれるのは2回、無死一塁からの中村紀。2-0からの3球目、スライダーが高めに浮いた。外角のボール球でも良かったはずだが…。右中間を破られ、決定的な二、三塁のピンチを招いた。1死後に平田に犠飛を許した伏線に痛恨の失投があった。

 「先に点をあげて相手投手に勢いをつけてしまった」と悔やんだが、意地も見せた。中日にもタイムリーを打たせなかった。ポストシーズン全4試合で適時打はなし。9月26日楽天戦で礒部に打たれて以来、35回2/3も守り抜いた。失点を最小限に試合をつくる。エースの仕事はまっとうした。

 しなるような右腕で、球史に新たな1ページも加えた。奪った三振は11個。日本シリーズでの2試合連続2ケタ奪三振は史上初の快挙だった。第1戦13Kに加え2試合での24奪三振は新記録。試合数に関係なく、奪三振数は歴代3位。敗者にはなったが、その圧倒的な存在感は敵地でも際立っていた。

 自称「変わり者」。クライマックスシリーズ中に風邪をひくと、携帯電話のアラームを深夜2時、4時、6時にセット。そのたびに、のどを潤すために水を飲んだ。「そういうのはまったく苦にならない」。寮の生活では、仲間との食事も断り、疲労回復のための酸素カプセルに入ることを最優先した。

 「そういうところは変わっている」。いわば体調第一主義者だ。だからこそリーグ最多のレギュラーシーズン207回2/3を投げ抜けた。「体が妙に気になるというか。プロ選手やし、酒を飲んだ次の日は体がやっぱり違うじゃないですか。そういうのが許せなくて、すごいむかつくんですよ」。プロのアスリートに徹してきた。

 それでも、1年間稼働して蓄積された疲れは、どうにもならなかった。限界は近づいていた。今季2度目の中4日。体力温存のためブルペンに1度も入らない異例の調整で臨んだ。中垣チーフトレーナーが「天才には関係ないですよ」と話した言葉通りの好投だったが、ギリギリの状態には違いなかった。

 登板後は通常、肩をケアするために軽めに投げるが、ダルビッシュは「降板後は1球も投げられなかった」と漏らした。ヒルマン監督は「中4日にもかかわらずよく投げた」とねぎらった。年間を通じて計239回1/3、計244奪三振。球界で最も投げ、最も三振を奪った豪腕のシーズンが幕を閉じた。

 2ケタ奪三振でのシリーズ敗戦投手は92年ヤクルト岡林以来、史上2人目。「最後は1点もやらない完ぺきな投球がしたかった」と完全無欠を求めたが、シリーズ敢闘賞の表彰時には敵地のファンから大きな拍手を受けた。次は11日集合の北京五輪アジア予選の合宿が待っている。星野監督から日本代表のエース指名を受けるダルビッシュ。新たなステージが控え、長い休息はまだ先になりそうだ。【村上秀明】

[2007年11月2日9時19分 紙面から]

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