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「優勝」は後付の結果論/日本ハム連載下
<連載・日本ハム新体制発足の舞台裏(下)>
真実は、さまざまな現象が幾重にも重なり、隠れてしまった。編成トップの島田利正チーム統轄本部長は「ねじれに、ねじれてしまった」と今回の事態を表現した。
トレイ・ヒルマン監督がシーズン途中の9月8日に退団を発表。終わってみれば、パ・リーグを連覇した監督が辞任というまれなケースになった。だが、ヒルマン監督は8月8日には大社オーナーをはじめ、球団サイドへ固い辞意を伝えていた。フロントはその時点で、来季へ向けて動きだしていた。
日本シリーズ進出による「タイムラグ」が、混迷に拍車をかけた。シリーズ終了は11月1日。約3カ月間もの時間があった。
球団側はシリーズ終了翌日に佐藤投手コーチと淡口コーチを解任し、退団が決定的な白井ヘッド兼内野守備コーチにファームディレクターへの配置転換を伝えた。ヒルマン監督辞任を受け、時間をかけて出した結論。解任されたコーチや選手サイドの球団批判には「優勝したのに…」という含みがあったが、「優勝」の2文字は後付けの“結果論”でしかなかった。
ヒルマン監督が米ロイヤルズ監督就任を決めたタイミングも非難の対象になった。解任時に苦言を呈した佐藤コーチらチーム内だけでなく、ファンや評論家ら球界の識者からも同様の声があった。シリーズ直前の米帰国。日米球界の構造、文化の違いを考慮した球団も、容認はしたが、良しとしたわけではない。同監督は、この2年間の快進撃の最大の「功労者」。考えを尊重し、不問とした側面があった。
日本ハムは本拠地移転以降、急速な球団内人事を行い、組織を改善してきた。今回はコーチ人事がクローズアップされたが、これまでも長年現場に携わった何人もの人が、球団側と目標軸がズレて、チームを去っている。編成トップにスカウト、またはベテラン選手…。球団に、この方針に対する迷いはない。このオフには生え抜きの前エース金村を、阪神へ交換トレードで放出した。
来季以降のステップアップを見据えた梨田新体制が、沖縄キャンプで動きだしている。派閥人事、優勝スタッフ残留などの日本球界の既成概念、慣例を壊す陣容となった。再出発へ「激動の秋」は必要不可欠だった。【日本ハム担当・高山通史】(おわり)
[2007年11月14日9時15分 紙面から]
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