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豊島「約束そして感謝」/連載

- フィジカルトレーニングする日本ハム豊島
<連載「フレッシャーズ」:高校生6巡目・豊島明好投手(18=北陸大谷)>
豊島の寮の自室には、ある言葉をしたためた色紙が飾ってある。中学時代に両親が病気のために相次いで他界。プロ野球界の父親的ともいえる存在、担当の大渕隆スカウト(37)からプレゼントされた、プロでの生きる道が記されている。
野球と思うな、人生と思え。
入団テストで合格し、ドラフト指名。当時、受験を促したのが同スカウトだった。3年間での1軍昇格が、ともに誓っている目標。3年間を、計1000日と計算。2人で「1000日修行」と称し、3つのことを継続していくことを約束した。「日記を付ける」「奉仕する」「新聞を読む」。入寮以後、その約束を忠実に守っている。
姉一美さん(31)の援助を受け、高校で野球を続けられた。高校受験後、一美さんからアコースティックギターをプレゼントされた。野球だけではなく何不自由ない環境も与えてもらった。高校卒業時には1人のスカウトに見初められ、一発勝負のテストでアピール。最後は自力で夢への扉が開いた。「合格する確率は低いと言われていた。2%とか。今でも信じられない」。
かけがえのない肉親、そしてスカウト。いろいろな後押しを受けてきてチャンスをつかめた。周囲を裏切れない思いは強い。「声を掛けてもらった。大渕さんと約束した3つは絶対に続けていきます」。契約金などで毎日、野球日記を付けるためにノートパソコンを購入した。3月の札幌ドームのオープン戦では一美さん、下宿させてもらった高校の監督らを招待することも、ひそかに決めている。
感謝-。その思いを、いつか1軍マウンドで体現する日まで。激動の人生は今、周りの人たちの夢を乗せた、幸せな試練に変わった。【高山通史】
◆豊島明好(とよしま・あきよし) 1990年(平成2)1月16日、静岡・下田市生まれ。幼少時に石川・加賀市へ移り住み、山代小4年から野球を始める。山代中では石川県大会2回戦進出が最高成績。北陸大谷へ進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋の県大会3位で、北信越大会1回戦が最高成績。昨夏の県大会1回戦で17奪三振の快投を披露するなどエースとして活躍。あこがれの選手は日本ハム武田久、ロッテ成瀬。169センチ、69キロ。左投げ左打ち。
[2008年1月16日9時2分 紙面から]
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