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ホーム > 北海道 > 日本ハム > シリーズ優勝特集 > 1962年の日本一を振り返る



1962年10月22日付紙面から 

最優秀選手に土橋・種茂

 東映3勝2敗1分けのリードで迎えた日本シリーズ注目の第7戦は21日午後1時1分から快晴に恵まれた甲子園で開始された。試合は小山ー久保田の息詰まる投手戦で、このシリーズ4度目の延長戦にはいったが、延長10回東映が種茂の犠飛で1点を取れば、阪神も代わった土橋から藤井が適時打して同点。白熱戦はつづいたが、東映は延長12回、西園寺が村山から決勝ホーマーを奪い、ついに宿題の“日本一”を獲得した。

 試合終了後、直ちに表彰式が開かれ、内村コミッショナーから水原監督に“ペナント”が渡された。これでパ・リーグは、34年の南海以来、3年ぶりでセ・リーグからペナントを奪回したわけである。なお最優秀選手にはシリーズ異例の東映土橋、種茂両選手が選ばれた。

【1面】
1962年10月22日付1面
【2面】
1962年10月22日付2面
【3面】
1962年10月22日付3面
【4面】
1962年10月22日付4面
1962年10月24日付紙面から 

歓呼の中、舞う紙吹雪

【1面】
1962年10月24日付1面

 22日朝帰京以来、2日つづきで“日本一”のよろこびをかみしめる東映。23日には待望のパレードを行った。背番号100のユニホームを着た大川社長と水原監督の乗るオープンカーを先頭に午後1時半神宮球場前を出発。渋谷から世田谷の大川社長邸まで延べ10キロ、1時間半紙フブキとテープの雨を浴びながら沿道のファンの拍手にこたえる大川社長以下全選手は終始ニコニコ顔。太田社長邸の庭で開かれた祝勝パーティーで“初優勝”のよろこびは最高潮に達した。



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