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日本ハムV2特集



日本ハム 過去の優勝

●2006年

<プレーオフ第2ステージ:日本ハム3-1ソフトバンク>◇11日◇札幌ドーム

 日本ハムが3-1でソフトバンクを破り、レギュラーシーズン1位のアドバンテージと合わせて「2勝目」を挙げた。先発ダルビッシュは初回に先制されたが、2回以降は立ち直り7安打1失点、11奪三振で完投。打線は3回にセギノールの適時打で同点に追い付き、なおも2死一、二塁で新庄が杉内の外角直球を逆らわず、右前に運び決勝点を挙げた。8回に金子が追加点となるダメ押し打を放ち、試合を決定づけた。

<プレーオフ第2ステージ:日本ハム1-0ソフトバンク>◇12日◇札幌ドーム

 日本ハムがドラマチックに25年ぶりのパ・リーグ優勝を決めた。0-0の9回、それまで散発4安打に抑えられていたソフトバンク斉藤和を攻略。先頭の森本が四球、田中賢が捕前バントで送った後、小笠原が敬遠され1死一、二塁。セギノールは空振り三振に倒れたが、稲葉の二塁内野安打の間に森本が俊足を飛ばして一気に本塁を陥れ、サヨナラ勝ちした。

 歓喜の輪がほどけると、ヒルマン監督が5度、宙に舞った。1981年以来となるリーグ優勝を、ルーキー八木が完封勝ちを飾るなどミラクル連発で2戦2勝。レギュラーシーズンを1位で通過し「完全V」を果たした。就任4年目で初の栄冠を手にしたヒルマン監督は、濡れた目尻をぬぐいながらお立ち台に立ち、声を震わせながら「シンジラレナイ」と第一声。初の胴上げに「もう1度されたい」と、4万2380大観衆の前で日本一を誓った。

2006年10月13日付日刊スポーツ

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2006年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ1面
2006年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ3面
2006年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ2面
2006年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ5面
2006年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ19面
2006年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ23面

●1981年

 日本ハムが前回パ・リーグを制したのは1981年のシーズンだった。当時パは前後期の2期制。「親分」大沢監督に率いられ、高橋一、岡部、間柴、木田らの先発陣に高橋里、工藤らの中継ぎ、そして抑えに江夏が控えるピッチングスタッフと、島田誠から高代、ソレイタ、柏原、岡持と続く勝負強い上位打線で後期を制覇。プレーオフで対戦したのは前期優勝の山内ロッテだった。

 第1戦、日本ハムは高橋一-江夏の黄金左腕リレーで落合、リー、レオン、有藤を主軸に据えたロッテ打線を完封。打っては主砲柏原が相手エース村田から決勝弾を放って1-0で先勝した。第2戦は5-5で引き分けたが、第3戦は左腕間柴が1失点完投して4-1。第4戦は6-11で敗れたが、第5戦は逆に8-4で打ち勝って優勝を決めた。MVPは20打数6安打5打点で、第1戦の決勝アーチなど3勝中2試合で決勝打を放った柏原が獲得した。

 チームを率いた大沢親分は監督生活8年目で悲願のV。ホーム後楽園球場での祝勝会で四斗樽に飛び込んで美酒に酔い、キャンプ地・徳島仕込みの阿波踊りを披露する喜びようだった。チームとしては62年の東映フライヤーズ時代以来19年ぶりのリーグ制覇だったが、74年に日本ハムとなってからは「初優勝」だった。

1981年10月14日付日刊スポーツ

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1981年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ1
1981年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ1
1981年10月14日の日刊スポーツ日本ハム優勝ページ1


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