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実は北広島生まれの「少年よ大志を抱け」

約6メートルもの高さを持つ「クラーク記念碑」
約6メートルもの高さを持つ「クラーク記念碑」

<連載・こんなトコロにこんなモノが…>

 友達数人と車で札幌から千歳に向かったときのこと。「ねーねー、なんで北広島市のカントリーサインってクラーク博士なの」「ほんと不思議だねー」「札幌が近いから?」…って、マジ知らないの? クラーク博士があの有名な言葉を残した場所って北広島なんだよ。「えーっ、うそお!」。

 えっへん、それじゃー教えちゃる。というわけで寄り道したのは旧島松駅逓(てい)所(国指定史跡)。この敷地内の一角に、ほーらあった、約6メートルもの高さを持つ「クラーク記念碑」。御影石製のギリシャ風円柱スタイルで、やや上方にクラークの顔の彫像がすえられている。

 今からちょうど130年前の1877年4月16日、札幌農学校(現北大)教頭だったクラークが帰米することになり、生徒たちはここまで彼を見送りに来た。当時はまだ駅逓(人馬、荷物、郵便の中継所)になっておらず、寒冷稲作の父と呼ばれた中山久蔵の個人宅。一休みさせてもらいながら、しばしクラークは教え子1人1人の顔を見つめて話し込んだそうだ。

 で、いよいよお別れだというとき、全員と握手を交わしてからヒラリと馬に乗り「ボーイズ、ビー・アンビシャス!」。言うなり馬にムチを当て、さっそうと駆け去って行ったというから、くーっカッコいい!

 昭和に入って北大関係者を中心とする有志が記念碑を計画し「記念碑建設予定地」と墨で記した木柱を設置。が、さまざまな理由で見合わされ、ようやく1951年(昭和26)に建立されたのだそう。敗戦間もない時期で記念碑も珍しかったので、「大志を抱け」のメッセージは当時の若者たちにも勇気を与えたはず。クラークの精神は死なず、だね。

 制作に当たったのは、北海道を代表する彫刻家・山内壮夫で、ファンが道外から「山内先生の作品」として見るために訪ねてくることもあるんだって。ね、けっこうな名所でしょ?(ライター・重田サキネ)

 ◆クラーク記念碑

 史跡旧島松駅逓所・敷地内(北広島市島松1の1)。国道36号線そば。51年に北大同窓生によるクラーク奨学会が中心となり建立。設計、制作・山内壮夫、石師・五十嵐恵勇。

[2007年5月3日10時33分 紙面から]

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