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セパタクロー王国は北海道だった!

スパイクを打ち込む日本代表の萩原(右)
スパイクを打ち込む日本代表の萩原(右)

<連載・インサイド07>

 セパタクローの聖地は、国技とするマレーシア、タイではなく北海道? 97年の北海道協会設立時は30人ほどだった同協会登録の競技者が、10年間で約7倍となる200人に膨らんだ。日本協会登録者が約1500人で、数では関東の400人に次いで2番目だが、普及率はダントツだ。24日に札幌・手稲区体育館で行われた北海道選手権には、155人が参加。93年に北大生の個人的興味から始まった北海道の「セパタクロー熱」は、日本代表14人を輩出するまでになった。

 ここ10年で北海道のセパタクロー人口は急速に増えた。97年に2団体15人から始まった北海道選手権は、24日に行われた第11回の今年は8団体155人が参加した。日本協会の全国7地区で最も競技普及率が高く、1年に地区大会を2度行うのも北海道だけ。日本協会の平野信昭会長(78)は「競技人口最多の関東でも地区大会は1つ。(道勢は)全日本大会でも常に上位に残る」と感心する。

 北海道で競技が盛んになる流れは大学生がはぐくんだ。93年に当時北大で学んでいた牛尾衛さん(33=タイ在住)が興味を覚え、同寮のマレーシア人留学生が一時帰国する際に球を買ってきてもらったのが始まりだ。翌94年に牛尾さん、現北海道協会事務局の平瀬律哉さん(31=日本協会理事)らが北大にサークル「カンチル」を旗揚げした。

 同年から全日本選手権など全国大会にも参加。しかし、98年全日本新人戦で銅メダルを獲得するまでトップ3に入ることはできなかった。当時、道内に大会はなく、レベルアップするには道外遠征が必須だった。97年に道内大会が初開催され、札幌を中心にチームも徐々に増加。99年には北大水産学部、函館大の学生による「函館クラブ」、05年には室蘭工大の「蹴舞」も加わり、全道に広がりつつある。

 98年世界選手権で牛尾、平瀬が代表入り。以後、毎年、日本代表を輩出している。今年は4人が全日本強化選手に選ばれた。7月の世界選手権に3人が代表入りしたが、これは国際大会では東南アジア王者を決めるシーゲームの03年プレ大会時の4人に次ぐ数。実力向上の背景を、日本代表の中沢可奈(25)は「北海道は練習環境が整っている」と話す。社会人チームは主に小学校の体育館などを借りて練習する。借り賃の相場は東京の1日3000円に対し、北海道は600円。毎日練習しても負担は少ない。

 マイナー競技からの脱皮を目指し、普及活動にも力を入れている。町内会の祭りや高校の総合学習など、道協会は年5~6回指導に赴く。この日の北海道選手権でも試合と並行し、体験会を実施。平瀬さんは「これからは小、中学生ら底辺の拡大が必要。少子化で野球、サッカーのチームを組めない地域でも、3人で1レグ(チーム)のセパタクローならできる」と話した。北海道の競技熱は高まるばかりだ。【北尾洋徳】

[2007年9月25日9時45分 紙面から]

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