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船守さちこが北海道で6年半ぶりに番組を担当

船守は北海道で約6年半ぶりのラジオ番組「Spicy Friday」について笑顔で話す
船守は北海道で約6年半ぶりのラジオ番組「Spicy Friday」について笑顔で話す

 船守さちこが、帰ってきた。4月7日から始まったAIR-G’「Spicy Friday」(毎週金曜日午前11時30分~)でパーソナリティーを務めている。94年から4年半続いたSTVラジオ「船守さちこのスーパーランキング」は当時の中高生にとって伝説的な番組だった。東京で約6年半、音楽コメンテーターとして活動。幅広い人脈と豊富な知識で全国区となった今、再び北海道の電波に声を乗せる。

 「さっちゃん、お帰り」と声を掛けたくなる親しみやすさがある。兵庫県西宮市出身。89年にSTVに入社し、北海道で10年を過ごした。多くの人が「船守=北海道」と結び付けるという。自身も「つい帰ってきたと言ってしまう」と笑う。「北海道での体験、人との出会いは濃密でした」と振り返った。

 94年秋からSTVラジオ「船守さちこのスーパーランキング」を担当した。「スパラン」と略され、船守の小気味よい語り口は中高生から絶大な支持を集めた。午後11時11分に願いごとを3度祈るとかなうという流行も、番組の1コーナーから生まれた。

 同番組は99年3月いっぱいで終了。同年6月末で同局を退社した。番組で培った音楽への興味が増したことが理由だった。「音楽の仕事がしたい」。再就職先も決めず行動に移した。一方で突然の退社で周囲にかけた迷惑の責任を感じ、円形脱毛症にもなった。

 辞めてすぐに第1回の「ライジング・サン・ロックフェスティバル」を手伝った。会場設営やアナウンスを無償で引き受けた。ミュージシャン、スタッフ、観客が一体となる姿に感動した。「音楽でもっと皆さん喜ばせたいなという意識が強くなった」。

 00年10月に上京した。東京では音楽にかかわる仕事だけをしてきた。インタビュー前には1日に20~30枚のCDを聴き、テレビも音楽番組を中心に見る。「私、音楽経験がないんですよ。だからできるだけアーティストとリスナーの中間にいたい。そういうことしかできない」。ハンディがあるからこそできることがあると信じている。

 「Spicy Friday」でも役割は同じだ。音楽の仲介者。「もっと音楽を聴いて心を豊かにしませんかって伝えたい」。何年たっても変わらない明るい声で言う。「今までのAir-G’になかった破天荒な番組にしたい」。嫌なことを忘れ、週末に意欲を持てる番組を。そんな思いでメッセージを送る。【北尾洋徳】

○…番組名は5日間かけて決められた。ほぼ決まりかけた「フライデー・サーフライダー」など多数が出たがぴんとくるものがなかった。スタッフの中には船守がターコイズ(トルコ石)のネックレスをつけていたというだけで「ターコイズ・フライデー」と推す人も出た。焦心の中、出たのが現番組名。船守は「SとFで船守さちこの頭文字でもある。辛口トークで嫌なことも忘れてほしい。でも良かった変なタイトルにならないで」と言って笑った。

 ◆船守(ふなもり)さちこ 10月26日、兵庫県西宮市生まれ。武庫川女子大卒業後、89年にSTV入社。98年に日本テレビ系列各社を対象とした「NNSアナウンス賞」のラジオ部門大賞を受賞。99年に同社を退社後、約半年の休養期間を経てフリーの音楽コメンテーターに。TBS「王様のブランチ」の音楽コーナー、全日空の機内プログラムなどを担当。JFNで放送中の「open sesame!」は4年間続く人気番組。

[2006年5月2日12時39分 紙面から]


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