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コンサドーレ札幌年度別成績
| 年 | 所属 | 監督 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失差 | 順位 | 天皇杯 | ナビスコ杯 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1996年 | JFL | 高橋 武夫 | 62 | 20 | 0 | 10 | 60 | 43 | +17 | 5位 | 3回戦敗退 | ― |
| 市民らの誘致活動で日本リーグの名門・東芝が2月に川崎から札幌に本拠地移転。Jリーグなどからペレイラ、アルシンドらプロ18選手を獲得し、6月に準会員になったが、この年はJFL5位に終わった。 | ||||||||||||
| 1997年 | JFL | フェルナンデス | 76 | 26 | 0 | 4 | 77 | 26 | +51 | 1位 | 3回戦敗退 | 準々決勝敗退 |
| ウルグアイ人のフェルナンデス監督の下、圧倒的な強さを見せた。1シーズン40得点で得点王に輝いたFWバルデスが攻撃の核となり、26勝(4敗)を挙げてJFL優勝。10月22日、ホーム厚別で迎えた大分戦。バルデスの2得点で2-1で下し優勝。悲願のJリーグ昇格を決めた。 | ||||||||||||
| 1998年 | J | フェルナンデス 石井 肇 | 35 | 12 | 0 | 22 | 57 | 74 | -17 | 14位 | 4回戦敗退 | 予選リーグ敗退 |
| Jリーグ初挑戦となったが、開幕2連敗。初勝利を挙げたのは4月5日の第4節・G大阪戦。その後も波に乗れず年間総合順位は18チーム中14位に終わった。翌99年施行の2部制に向けたJ1参入決定戦で敗退し、J2降格が決まった。 | ||||||||||||
| 1999年 | J2 | 岡田 武史 | 55 | 17 | 6 | 13 | 54 | 35 | +19 | 5位 | 3回戦敗退 | 1回戦敗退 |
| 1年でのJ1昇格を目指し、前日本代表の岡田監督が就任。チーム再建の救世主として期待されたが、リーグ戦で5位に低迷し、J1昇格を逃した。 | ||||||||||||
| 2000年 | J2 | 岡田 武史 | 94 | 31 | 5 | 4 | 71 | 22 | +49 | 1位 | 4回戦敗退 | 1回戦敗退 |
| 得点王エメルソン、播戸の強力FWコンビが活躍。ホーム厚別では14勝1分け1敗の好成績を残すなど、31勝4分け5敗の圧倒的な強さで優勝。J1昇格を決めた。 | ||||||||||||
| 2001年 | J1 | 岡田 武史 | 34 | 10 | 5 | 15 | 43 | 50 | -7 | 11位 | 3回戦敗退 | 1回戦敗退 |
| 24ゴールを挙げ得点王となったFWウィルを中心とした戦力で、一時は2位に浮上し予想以上の戦いぶりを見せた。年間順位は16チーム中11位。チーム初のJ1残留を果たしたものの、シーズン終了後に岡田監督が退任。 | ||||||||||||
| 2002年 | J1 | 柱谷 哲二 イバンチェビッチ 張外龍 | 15 | 5 | 1 | 24 | 30 | 64 | -34 | 16位 | 3回戦敗退 | 予選リーグ敗退 |
| 元日本代表の柱谷監督が就任したが、開幕から7試合で1勝6敗で解任。1シーズンで監督が3人という異常事態で、最下位の16位に終わりJ2降格。 | ||||||||||||
| 2003年 | J2 | カルロス 張外龍 | 52 | 13 | 13 | 18 | 57 | 56 | +1 | 9位 | 3回戦敗退 | ― |
| 元鹿島のカルロス監督が就任し、元ブラジル代表の2選手を獲得。1年でのJ1復帰を目指したが、シーズン途中で張監督に交代。最後までJ1昇格争いに絡むことができず、12チーム中9位に終わった。 | ||||||||||||
| 2004年 | J2 | 柳下 正明 | 30 | 5 | 15 | 24 | 30 | 62 | -32 | 12位 | 8強(準々決勝) | ― |
| 若手育成に定評があった前磐田の柳下監督が就任。「アクションサッカー」を旗印に若手の育成を主眼に置いて、チームを改革。この年のリーグ戦はわずか5勝で最下位に終わったが、天皇杯ベスト8と改革の証しを見せた。 | ||||||||||||
| 2005年 | J2 | 柳下 正明 | 63 | 17 | 12 | 15 | 54 | 57 | -3 | 6位 | 3回戦敗退 | ― |
| 04年の最下位から、連勝、上位浮上など躍進した。第12節から679日ぶりの3連勝をマークするなど、昇格圏内の3位で前半戦を折り返した。この年は最後までJ1昇格争いに絡んだが、後半戦は勝ち点を伸ばせず6位。 | ||||||||||||
| 2006年 | J2 | 柳下 正明 | 72 | 20 | 12 | 16 | 77 | 67 | +10 | 6位 | 4強(準決勝) | ― |
| 決定力不足を解消するためFWフッキを獲得。第7~9節の3連勝で一時は3位に浮上したが、10節から10戦連続白星なしで順位を10位まで落とした。守備陣の失点の多さが上位進出の足かせとなり2年連続の6位に終わったが、天皇杯ではチーム初の4強入りを果たした。この年限りで柳下監督が退任。 | ||||||||||||
| 2007年 | J2 | 三浦 俊也 | 91 | 27 | 10 | 11 | 66 | 45 | +21 | 1位 | 3回戦敗退 | ― |
| 前大宮の三浦監督が就任。柳下前監督の「アクションサッカー」に代わり、組織的な守備力を築き上げた。シーズンの無失点試合がクラブ史上最多の22を記録するなどの快進撃を見せ、6年ぶりのJ1昇格を決めた。 | ||||||||||||
◆コンサドーレ札幌 ホームスタジアムは札幌厚別公園競技場と札幌ドーム。チーム名は「どさんこ」の逆さ読みをヒントにラテン語の響きを持つ「オーレ」を付けた。運営母体は北海道フットボールクラブ。児玉芳明社長。球団事務所は札幌市豊平区羊ケ丘1番地。
