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コンサドーレ札幌2007年J1昇格特集



コンサドーレ札幌過去の昇格

J2札幌、J1復帰が決定!岡田監督2年目の結実(2000年10月21日)

J1昇格を決め喜びを爆発させる札幌イレブン
J1昇格を決め喜びを爆発させる札幌イレブン

 3年越しの夢がかなった。コンサドーレ札幌が、来季のJ1切符を勝ち取った。前半16分にDF名塚善寛(31)が頭で先制、後半にはFW播戸竜二(21)FWエメルソン(19)が加点し、アウエーで湘南に3-0と圧勝。4試合を残して29勝4分け3敗の勝ち点87とし、昇格条件の2位以内を確定した。フランスW杯で日本代表を率いた岡田武史監督(44)を迎えて2年目。対話を重視した新しい「岡田スタイル」と守備重視の戦術が開花し、市民球団はJ1に戻ってきた。

 もう何の遠慮もいらなかった。岡田監督は、殺到する報道陣を振り切り、選手と1800人のサポーターに向かって全力で走った。何度も何度もスタンドに手を振った。選手の手を次々と握った。「監督という仕事は面白いより、苦しい方が多い。ホッとした、良かったなという思いです」。J1昇格まで2年の月日がかかった。それだけに喜びも深かった。

 今年、岡田監督は感情を面に出し続けた。得点が入ると喜び、選手が倒されると怒鳴り声を上げた。指揮官の変身ぶりが、選手との距離を急速に縮め、垣根をなくした。ともに泣き、笑った1年間。この日の試合も後半23分、昇格を決定づける2点目を決めた播戸は、真っ先に監督に駆け寄った。「僕がこのチームに来たのは、岡田さんの情熱にひかれたから」。そう言い切る男を、岡田監督はしっかり抱きしめた。GK佐藤も「この時を迎えることができたのは、監督のおかげ」と続けた。

スタンドに駆けつけた札幌サポーターは、「ただいまっ!!J1」と書かれたた横断幕を掲げる
スタンドに駆けつけた札幌サポーターは、「ただいまっ!!J1」と書かれたた横断幕を掲げる

 挫折が、岡田監督を変えた。98年12月、就任当初は、1年目でJ1に返り咲く自信があった。しかし5位。「攻撃サッカー」というこだわりを捨て、「素晴らしいサッカーはいらない。身の丈に合ったサッカーを」と出直しを図った。

 方針変更は選手が数字に表現してくれた。今季36試合中、1点差勝ちは15試合に上る。平均得点は1・8点にすぎない。「前半は0-0でいい。後半1点取って勝とう」。派手さはない。堅実な戦いを最後まで貫いた。MF野々村は「岡田さんが言い続けてきた、いいサッカーじゃなく、勝てるサッカーを実践できた結果」と感謝する。岡田監督も「もっといいサッカーをしたいという思いを選手がよく我慢してくれた」と感謝した。

 「このチームで仕事ができて幸せです」。来季の続投もほぼ決まった岡田監督は、心からそう口にした。98年12月6日のJ1参入決定戦でJ2降格が決定して685日。札幌から「岡田コンサドーレ」へ。北に咲いた市民球団がJ1に乗り込む。


JFL札幌、初優勝でJリーグ昇格が確定(1997年10月22日)

J昇格決定でフェルナンデス監督を胴上げする札幌イレブン
J昇格決定でフェルナンデス監督を胴上げする札幌イレブン

 コンサドーレ札幌が大分を2-1で破り、悲願のJリーグ昇格が確定した。同時にリーグ成績を24勝4敗として、2試合を残してのJFL初優勝も決まった。FWバルデス(30)が後半14分に左足でボレーシュートを決めて先制。28分にもPKを決めた。札幌は昨年からJリーグ準会員となり、2位以内が昇格条件だった。北海道からは、初のプロスポーツチームの誕生で、11月18日のJリーグ理事会で正式に承認される。

 ウイニングランの列を、白い息が追う。気温7・3度。震えるような寒さの中で「喜びの涙がサポーターのみなさんのおかげで倍になりました」とフェルナンデス監督(52)が泣いた瞬間、北の大地に初のプロチームが産声を上げた。

 前半は、今季JFL最高となる1万7492人のサポーターの前で沈黙した。味わったことのないプレッシャーに、押しつぶされそうになった。だが後半、東芝-C大阪-鳥栖と渡り歩いたFWバルデスが決める。後半14分に左足で、その14分後にPKで。「何度ゴールしても、それは自分のためでなくチームがJリーグに上がるため」。この日の2得点で呂比須(現平塚)が持つJFL記録の36得点に並んだエースは、こともなげに言った。

 Jリーグ昇格は、「寄せ集め軍団」の悲願だった。14人の元Jリーガーが、J7チームから札幌に集まった。所属する選手の出身も日本、パナマ、ブラジル、オランダ、アルゼンチン、ペルーと6カ国に及ぶ。その寄せ集め軍団をまとめた監督はウルグアイ人。だが、言葉はいらない。「チームはファミリー」と言い続けたフェルナンデス監督の下に、全員の意識が統一された。

 Jでも今季は6チームしかない、1万人以上の1試合平均観客を動員した。奥尻島の震災、豊浜トンネル事故。暗いニュースの続く北海道で、札幌の快進撃が道民の支えだった。雪かき作業で公式戦の開始時間が4時間も遅れたこともある。昨オフには監督人事でフロントと現場が対立し、チームは空中分解寸前にまでなった。それでも選手、観客、フロントが一体となって、ここまできた。

 「もう1回、Jの舞台に立つのが夢だった」。元市原のMF後藤主将は静かに言った。強い意志で結ばれた寄せ集め軍団が来季、Jに乗り込んでくる。



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